ワットサケット(ゴールデンマウンテン)

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今回はWat Saket (The golden Mount)ワットサケット(ゴールデンマウンテン)を紹介します。 タイにはたくさん寺院がありますが、その中でもこの場所は他とは違った魅力があります。市内中心部にあり、 そのエリアを通る時、荘厳な 黄金の塔を見ることができるでしょう。 その輝きは昼夜を問わず バンコクのトップ観光スポットの一つです。 この場所は、タイ人にとっても魅力的なところです。有名な寺院ですが、まだ知らない人は今日一緒にこの場所について知って頂き、次の機会にぜひ訪ねてみて下さいね。 ワットサケットへの行き方ですが、 近くに電車の駅が無いので、路線バスの乗車が難しい場合はタクシーが安心です。「BTSサイアム駅」か「MRTフアランポーン駅」からタクシーに乗りましょう。「ゴールデンマウンテンに行きたい。」「パイプーカオトン カー」「パイ ワットサケット カー」タクシー運転手にがんばってタイ語で話してみて下さい。それでも通じない場合はこちらを見せてくださいね。 チケットは外国人は50バーツです。タイの他の寺院と同じように服装規制があり、短パン、ノースリーブはNGです。もし、うっかりその格好で着てしまっても大丈夫。50バーツでレンタルサービスがあります。100バーツのデポジットを支払い、返却時に50バーツを返金してもらいます。OK!ではいよいよ入りましょう! ここから階段を登っていきます。お猿さんの下に344段!と掘ってあります。   入るとすぐ344段!の階段があります。 急な階段に見えますか?でも実際に登ってみるとなだらかで疲れを感じませんでした。自然な日陰がいっぱいあって暑すぎず爽快感を感じます。きっとあなたもリラックスしながら登れると思います。:) 途中であなたは「髪をねじる母なる大地像」に出会うでしょう。 大地はすべての発祥の源であると信じられているので地の神としてタイ人に尊敬されています。母親の象徴であり、 豊穣の女神です。 少し歩くと「ゴールデンマウントコーヒー」という名の小さなカフェがあります。 ここで一休みして美味しいコーヒーを味わってみてください。 さて、いよいよ頂上に到着しました。ここではお供え用の花、線香、ろうそくのセットが20バーツで購入できます。ぜひタイ式お詣りを体験してみて下さい。 こちらには自動販売機があります。(日本からやってきたのかな) さあ、天国へ登ってみましょう!:) ~ワットサケットの歴史~ ゴールデンマウンテンはラーマ3世の時代に建設を始めました。 彼は首都の東に大きな塔を作りました。しかし、このエリアは湿地帯の為、構造物の重量を支えることができず、仏塔は倒れてしまいました。 その後、ラーマ4世は新たに建設を命じて、高い山に変えました。 そして上部にパゴダを造りました。 階段の上下に2つのステップをあつらえました。しかし、ラマ4世の治世にはとうとう完成しませんでした。 その後、ラマ5世の統治期間にも建設は続けられました。そして1879年にインドから仏陀の遺骨を仏塔に迎えいれました。その時7日間昼夜お祝いをしました。それが毎年11月の最初の満月に行われるロイクラトン祭の起源です。 そのゴールデンマウンテンテンプルの伝統が現在に至るまで続いています。 日差しを遮るものはありませんので昼間に行く場合は、長袖シャツ、帽子、傘など準備をして下さいね。 塔の周りには360度バンコクの景色が広がっています。涼しい風が吹いていて日暮れには美しい夕日を見ることができます。 境内は緑も多く清清しい気持ちで過ごせます。 ここから中華街(ヤワラート)までタクシーで15分程度ですので、夕食に足をのばしてみてもいいですね。
The Coin Museum

硬貨の世界を巡る旅:バンコク ・コイン博物館(The Coin Museum) 

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サワディーカー!パットです。 今日も変わった博物館を紹介するよ!  ここは通貨をテーマにした博物館です。国の歴史や経済、社会について学べる場所として作られました。館内には、古い硬貨や記念コイン、外国のお金などが展示されており、『お金の道』というコンセプトのもとお金の歴史や造幣局の取り組みを楽しく学べます。  コインや通貨に興味がある人、コレクター、若い世代、一般の人々にとって学びの場であると同時に、展示やイベントを通してクリエイティブな体験もできる場所です。  この博物館は、ラーマ10世(ワチラロンコン国王)のご下賜により『カサーパナーヌラック硬貨博物館』と名付けられました。硬貨にまつわるさまざまな資料が集められ、保存・展示されている場所です。博物館は2019年10月15日に国王自ら開館されました。館内は3階に分かれており、各階ごとに見どころがあります。それぞれの階でお金にまつわる面白い歴史を楽しく学べます。  「通貨のはじまりの部屋」 この部屋では、通貨の歴史の始まりを紹介しています。物々交換の時代から、貨幣という媒介が使われるようになるまでの流れを学べます。壁には洞窟をイメージした360度の4Dアニメーションが投影され、まるで当時の世界に入り込んだかのような体験ができます。  「原始のお金」 ここでは、各地域で使われたお金以前の、”物々交換”の進化を紹介しています。大陸や地理、地域のニーズによってさまざまな形がありました。  「貝貨(Cowrie)」 金属が通貨として使われる前、二枚貝(貝貨)は希少で小さく、交換の価値がありました。タイ語の「ビア(bia)」という言葉には、お小遣いや利子など「お金」という意味もあります。  「動物の牙」 昔は、動物の牙が身を守るお守りとして人気でした。  「動物の皮」 昔は、動物の皮が人々の生活で重要な役割を果たしていました。衣服や住居、道具、器具として使われただけでなく、文字を書くための素材としても利用されました。  「塩」 昔、塩は単なる調味料ではなく、貴重な交易品として通貨のように使われていました。貿易や医療、宗教の場でも重要な役割を果たし、その価値はかつて金に匹敵するほどでした。さらに、料理や保存食、薬としても利用され、人々にとって必要不可欠で非常に重宝されていました。  「茶葉」 昔、茶は単なる飲み物ではなく、多くの国々の暮らしや文化、歴史の一部でした。健康や儀式、交流、貿易など、さまざまな場面で重要な役割を果たしていました。  「カカオ豆」 カカオ豆は、チョコレートの材料としてだけでなく、通貨や交易品としても使われ、儀式や民間療法の重要な材料としても重宝されてきました。  「石のお金(ライ石)」 太平洋のミクロネシアにあるヤップ島の古代通貨です。石の直径は7cmから3.6mまでさまざまで、大きいほど価値が高くなります。かつての部族にとって、とても重要な交換手段でした。  「羽のお金」 南海の島々では、小さな赤い鳥の羽を植物の繊維に編み込み、約10メートルの長さにして輪にした「羽のお金」が使われていました。羽の色が鮮やかだと価値が高く、サンタクルーズ島の人々は航海の前に船の弓に飾り、旅の幸運を祈ったり、新婚の持参金としても使われました。   「ワンプムベルト」 ネイティブアメリカンの重要な品で、貝殻を編んだ帯です。装飾品であると同時に、部族間の約束や歴史、関係性を伝える大切な記録でもありました。  「ビーズ」 ビーズはただの装飾品ではなく、古くから価値ある交換品として使われてきました。お守りや社会的地位の象徴としてだけでなく、交易ではお金のように使われることもあり、時には奴隷の交換にも利用されました。  「織物(テキスタイル)」 昔、織物は貴重な交易品のひとつでした。地域ごとの文化や暮らしを映し出すもので、特に東南アジアでは古くから外国と交易や文化交流が行われてきました。織物は、古代の交易路で重要な商品として取り扱われていました。  「金属・鉱石」 昔、金属や鉱石は非常に貴重なものでした。道具や器具、武器の材料として使われただけでなく、交換の手段としても利用されました。希少で生活や社会の発展に欠かせない資源だったのです。  「スズの動物コイン」 マレー半島では、スズを使ってさまざまな通貨が作られていました。その中には、動物の形をしたお金もあります。可愛らしいですね♡  ◆2階の展示内容◆   「各王国の硬貨」 ここでは、タイやスワンナプームの地域で使われた、初期のコミュニティの古代硬貨が展示されています。  ※スワンナプーム(Suvarnabhumi)とは、古代インド・東南アジアの文献に登場する名前で、直訳すると「黄金の土地」という意味で古代タイ周辺を含む東南アジア一帯のことを指します。タイの空港の名前にも使われていますね。  「フナン王国」 紀元前1世紀~6世紀頃、現在のカンボジアやベトナム南部に栄えた古代国家。  貿易や文化の中心地として知られています。  「ドヴァラヴァティ王国」 6〜11世紀、現在のタイ中部に栄えた古代国家。  仏教文化が広まったことで知られています。  「ロップブリ王国」 10〜13世紀、現在のタイ中部に栄えた古代国家。  クメール文化の影響が色濃く残っています。  「シュリーヴィジャヤ王国」 7〜13世紀、インドネシアやマレー半島を中心に栄えた海洋国家。  貿易と仏教文化で知られています。  ◆古代タイのお金の誕生◆ この展示では、タイの地域で使われ始めた最初の貨幣の歴史を紹介しています。  物々交換から金属貨幣へと変わっていく過程がわかります。  18世紀、クメールの支配が北部と南部から退けられた後、スコータイ王国は勢力を広げました。地方の行政を支え、都市を築き、法や行政の仕組みを整えました。王は人々の暮らしを支えるため、灌漑や運河、道路、資金源の整備、さらには貨幣制度やタイ文字など、さまざまな暮らしの基盤を作りました。  「経済と貿易」 スコータイ王国はヨム川流域に位置し、人々の多くは農業に従事していました。王国は道路を整備し、交易が便利で速く行えるようにしました。また、大きな市場もつくられ、国内外で自由な貿易が盛んに行われました。政府は貿易を奨励し、関税もかけず、人々は自由に取引できました。主要な取引品には陶磁器、農作物、家畜などがありました。  ◆”タイバーツの元祖” ポッドドゥアン銭の製造過程◆  ラタナコーシン王朝時代のタイで使われたポッドドゥアン銭の作り方を紹介。 鋳型で作る伝統的な製造工程や、当時の貨幣制度の工夫がわかります。  「ポッドドゥアン銭」 ポッドドゥアン銭はスコータイ、アユタヤ、トンブリー、初期ラタナコーシン時代まで、600年以上にわたり使われてきた貨幣です。銀の棒を両端で曲げ、国章や王印を押して作られます。その形が甲虫に似ていることから、タイでは「ポッドドゥアン(“丸めた虫”や“繭のような塊”)銭」と呼ばれています。  「紙幣」 紙幣は紙で作られたお金で、法的な価値を持ち、物やサービスの交換に使われます。昔は「現金を支払う約束」の意味でしたが、現在は中央銀行が発行する正式なお金として使われています。  「婚約の贈り物としての硬貨」 昔は、硬貨が結納や婚約の贈り物として使われました。男性が女性やその家族に贈ることで、誠意や敬意を示し、結婚の儀式の一部として大切にされてきました。  「ロイクラトン祭り」 昔は、クラトン(灯籠)に硬貨を入れると、一年中お金が入ってくるように運が開けると信じられていました。また、悪運を払う功徳や、ガンガーの女神に敬意を示す大切な捧げ物とも考えられています。  「出家式での散供(さんぐ)」 タイの仏教儀式において行われる特別な供養(サンクン)の一種。 出家式での散供は、代々受け継がれる伝統です。  僧侶に対して特別に功徳を積むための布施や供物の奉納を指します。財産を捧げることで世俗を離れる決意を示し、参列者に施しをすることで功徳や幸運を得られると信じられています。カラフルなリボンで作った蓮の花の中に硬貨が入っています。  ◆いろいろな国のお金◆ その国の特徴的な模型と硬貨が展示されています。  「ガーナ共和国の硬貨」  市場で商売をする女性の模型です。女性が経済の中心として活躍していることを伝えています。  「ハンガリーの硬貨」  ドナウ川にかかる美しい橋「鎖橋(チェーンブリッジ)」。ヨーロッパでも有名な絶景の橋です。  「ベトナム社会主義共和国の硬貨」 一柱寺(ワンピラー・パゴダ)はハノイにある有名な寺院で、一本の柱の上に建ち、蓮の花が水面から伸びるような美しいデザインが特徴です。  「シンガポール共和国の硬貨」  マーライオンは魚とライオンが合わさった神話の生き物で、シンガポールの象徴です。  「日本の硬貨」 日本を象徴する桜の花。愛、美しさ、そして新たな始まりを感じさせますね。  「モンゴルの硬貨」 ガンダン寺院。モンゴル・ウランバートルにあるチベット仏教で最も重要な寺院のひとつです。  「モーリシャス共和国の硬貨」 サトウキビの栽培と加工。モーリシャスの主要産業を表しています。 「硬貨の製造過程」 硬貨がどのように作られるかを模型で紹介しています。  ◆3階の展示内容◆  「ラマ9世時代の貨幣展示室」 ここでは、プミポン大王(ラーマ9世)の在位中に造幣局がさまざまな記念や行事のために作った硬貨を展示しています。   思っていた以上におもしろくて、ついつい時間を忘れてしまいました。歴史好きじゃなくても楽しめますし、カオサン通りや王宮エリアも近いので、ぜひ立ち寄ってみてくださいね!  Address:Chakkraphong Road, Chanasongkram Subdistrict, Phra Nakhon District, Bangkok 10200  Tel: 02-282 0818 / 02-281-0345 to 51 ext. 1235  開館日・時間: 火~金:8:30~15:00 土・日・祝日:10:00~16:00  入場料:  外国人:50バーツ  タイ大人:50バーツ  タイ子ども・青少年(10~18歳):20バーツ  アクセス:  バス:A4, 2, 3, 6, 9, 15, 30, 32,...

ワット・パクナム

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日本の皆さんお元気ですか?今日はワット・パクナム・パーシーチャロン(意味としてはパーシーチャロン河口のお寺)をご紹介します。この寺院はここ数年インスタ映えするスポットとして特に日本人の間で有名になった所で実は私も初めて来ました。場所は有名なワット・アルンの西側4~5Kmに位置しBTSスカイトレイン、シーロム線のタラートプルー駅又はウタカート駅からタクシーで来るのが便利かと思います。 日本の皆さんの間で有名になったのは2004年に建築が始まり2012年に完成した大仏塔が出来てからですがこのお寺の歴史は古く500年程前のアユタヤ朝時代に建立されたようです。では早速散策してみましょう!建物の中に食べ物とかは持って入れませんので気を付けてくださいね! この建物が大仏塔です。右の端にちょっと見えるのが1階の入り口、左側の外階段の上に見えるのが2階の入り口です。自由に拝観できるのでどちらから入っても構いません。 2階の入り口には靴を入れる袋が置いてありましたので紛失が心配な方はこれを利用することをお勧めします。 エレベーターの稼働土日のみですが階段の上り下りが困難な方は平日でも動かしてくれます。 ノースリーブ、ショートパンツなどの服装をして来てしまった場合羽織る物を借りてくださいね。1階の入り口付近に置いてあります。返すのを忘れて着たまま帰らないでください!? 先ずは一番有名な大仏塔に向かいます。所々に看板があり迷うことはなさそうです。「緑ガラス仏塔」と書いた日本語の看板もあります、でも、もう少し気の利いた日本語の名前はなかったのでしょうか(笑)大仏塔は白い大きな建物でお寺の敷地もそれほどは広くないので迷うことなく到着することが出来るかと思います。外観からだと分かりづらいですが中は5階建てになっていて1階は博物館、主にタイの文化や車や馬車、農機具から書物までアンティークな品々が並べられています。 2階はとても静かな広間になっていて瞑想をしたり会議や儀式を行う部屋になっています。3階も博物館で主にこのお寺にゆかりのある品々が展示されています。4階はルアンポーソッド高僧を初め黄金の仏像が安置されています。そして5階がエメラルドグリーン色のガラス仏塔があるフロアになっています。私たちは1階の入り口手前に置いてあった靴置き場で靴を脱いで外階段を上がり2階から中に入ることにします。っと!靴を脱いだ瞬間・・暑い!!靴を脱いだ所は未だ外で日がもろに当たり焼けた砂浜のようになっていてとても暑く目玉焼きが焼けそうです!?靴下を履いていれば問題ないと思いますが注意してくださいね。 外階段の2階のところに靴入れのビニール袋が置いてあったのでそこで靴を脱げば良かったかもです!もちろんここも寺院ですので他のお寺と同じく服装にはご注意ください。もし肌の露出の多い服装をしてきてしまった場合は1階で羽織るものを無料で貸してくれますのでお忘れなく。平日はエレベーターが動いてないのですがこの日は土曜日、楽をして5階に向かいました。(平日でも歩くのが困難とかお年寄りの方はお寺の人に頼めばエレベーターを動かしてもらえます) 5階に着くといきなり写真で見たとおりの光景が飛び込んできました!まるで異次元に迷い込んでしまった雰囲気を味わえます。人もそれほど多くないのでゆっくり写真を撮ることも出来そうです。このガラス仏塔は「プララタナチェディシーマハモンコル」と呼ばれているらしく一番上には尊敬するルアンポーソッド高僧が祀られています。ガラス仏塔の周りの装飾や黄金色の柱、天井画と幾ら見ていても飽きないと思います。 写真を撮るのが目的の人が多いとはいえここは神聖な場所、皆さん静かに心を落ち着かせ見学をしてくださいね。有名観光地などに比べると人はまだまだ少ないので落ち着いて写真撮影をするには良い環境だと思います。20分程5階にいたでしょうか?そろそろ階段で1階づつ下に下りながら各フロアを見学する事にします。 この寺院は日本の千葉県成田市にも分院が在るくらい日本とも関係が深くここ博物館でも日本の古いものを色々と見ることが出来ます。さて大仏塔を一通り見学し喉が渇いたので売店で一休みして次は本堂へ向かいます。そうそう売店の隣でタイの宝くじを売っていたのですが店のおばさんが「このお寺のご利益で当たるかもしれないから買っていったどうか?」みたいな事を言っていました。本当かな・・(笑)実はタイ人は宝くじとかロトとか賭け事が好きな人が多いです。本堂へは看板に従って歩いていけば直ぐ到着することが出来ます、これも多分迷うことはないと思います。 本堂に入り口に靴置き場がありますのでここで靴を脱いで中に入ります。 外は炎天下ですが床は大理石でひんやりしていますしちょっとほっとしますよ!そのまま真っ直ぐ進むとルアンポーソッド高僧に像があります。ここで座ってお祈りを捧げるとともに日本で言うおみくじをやってみました。昔香港に行った時に同じようなのを見たことがありますがタイでもこのおみくじは良く見かけます。やり方は難しくなく番号が書いてある木札の入った丸い入れ物をカシャカシャと降ると一本だけ浮いてきますのでそれが床に落ちるまで降り続け落ちた木札の番号のおみくじを棚から取って読みます。この紙は持って帰って良いですし多くの人はまた同じ棚に返したりします。タイ語の他に英語と中国語で書いてありますが残念ながら日本語はありませんでした。私の引いたのは可もなく不可もなくみたいな感じかな? おみくじを引いた直ぐ脇に2階に行く階段がありその上は人々が祈りを捧げたり儀式をしたり する場所です。階段を上ると直ぐ正面に仏壇がありその棺の中には約60年前に亡くなったルアンポーソッド高僧のご遺体が火葬されず安置されている事とのです。ちょうど行った時は何かの儀式をやっていて僧侶や信者の方たちが沢山いて厳粛な雰囲気でした。 1階に降りて先ほどおみくじを引いた場所を更に奥に進むと本堂を抜けて運河に突き当たります。この運河がパーシーチャロン運河ですね。昔今ほど道路が整備されていなかった時代は今以上に運河が果たす交通の役目は大きかったです。途中で魚のエサ(賞味期限切れで硬くなったパンみたいです)を10バーツで売っていたので買って運河に投げ入れてみたらびっくり!気持ち悪いくらい沢山に魚がエサに食らいつきます。この魚はナマズの仲間ですがタイ人はあまり食べることをしません。エサを持っていると鳩とかも狙ってくるので一応気を付けてくださいね! 本堂の中に犬や猫が寝ていたりのんびりした雰囲気と瞑想している人や祈りを捧げる人たちの厳粛な雰囲気が有名な観光地の寺院とはちょっと違っていて楽しかったです。日本人も多く来ていますし皆さんも機会があれば是非行ってみてください!では、また。 場所:Pak Khlong Phasi Charoen Supdistrict、Phasi Charoen District、バンコク10160営業日:毎日(パゴダは08:00-18:00)

ムアンボーラン THE ANCIENT CITY (MUANGBORAN-เมืองโบราณ) 

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"Ancient city "は古代の都市という意味です。古代は過去、過ぎ去った時間ですが、未来に起こるであろう変化は、過去から続いています。だから、過去の物語を現代の私たちは知る必要があります。タイという国はかつて外国人に「サイアム(シャム)」と呼ばれていました。そして、現在はタイ王国、タイ人、タイ語すべて含めて「タイ」と称されるようになりました。たった80数年前のことです。なぜ、この短い単音節の言葉が、タイの人々の生き方に非常に大きな影響を与えるのでしょうか?元々この土地にあった先住民族、文化の多様性は失われ、"タイネス(タイらしさ) "という言葉の下に姿を消し、飲み込まれてまとめて「タイ」になってしまいました。 古代都市を再現して作るということは、単に観光地としての模型都市を作るということではありません。その地域に住んでいた人々のアイデンティティを伝えるためのものでもあり、歴史、文化、過去の人々の生活様式を反映したものです。 ムアンボーランは1963年にサムットプラカーン県の総面積約128万平方メートルの土地に建設されたテーマパークです。創設者はレック・プラパイ・ウィリヤパン氏です。地図で見ると、古都の全域が斧の形をしていて、タイの地図と似ています。タイの土地そのままの形を縮小した「野外博物館」なのです。 そこにはタイの美しく貴重な建築のレプリカが数多くあります。実物を解体して移したもの、大きさを縮小して建てたもの、知識を生かして新しく作ったものなど、さまざまです。訪れる人はタイ全土の4つの地域から集められた多くの美しい建築物に驚かされることでしょう。 タイ全土を旅しているような感覚です。 そして今日はその中でも見逃せないスポットをご案内します。 The Great Hall Of Vajra Dhamma 本堂には、28体の前世の仏像と、彼の未来の姿とされる10体の仏像が安置されています。また、本堂の周りには、12星座のパゴダ、生まれ年を表すパゴダ、平和を願うモニュメントなどの建築物があります。パゴダを頂点とする城郭のような形の建物で、アユタヤ時代後期の建築様式を見ることができます。 The Old Market Town オールドマーケットの街並みは、旧市街のコミュニティの雰囲気を再現しています。そこには物質的なものと精神的なもの、両方の施設があります。生活必需品を売る店、娯楽施設、礼拝所、神社や領主の住まい、さらに邪悪な場所なども。どれも地域の人々が自分の生き方に従い、他の人たちと仲良く暮らす上で重要な役割を担っています。オールドマーケットを訪れると、過去の鮮やかな思い出がよみがえります。しかし、Covid-19が流行する以前のように、観光客は多くないため、まだ寂しい雰囲気が漂っていて開いている店も少ないです。 Sanphet Prasat Palace, Ayutthaya サンペットプラサートパレスはアユタヤ時代初期に建設されました。それまでのクメール様式やスコータイ様式とは明らかに異なる独自のアユタヤ建築様式の主要な宮殿です。しかし1767年アユタヤがビルマに陥落した時に残念ながら荘厳な宮殿は焼け落ちてしまいました。アユタヤに現存しているのは隆起した地下のレンガ部分のみですが、タイ人や外国人の考古学者などが歴史的証拠に基づいてこのムアンボーランに再現したのです。おかげで現代の私たちも当時の宮殿を見ることができます。 The Phra Kaew Pavilion プラケオパビリオンはアユタヤ時代のホープラケオをモデルにしています。八角形の塔のような形をしていますが、これはアユタヤ時代のプラ・ダーモ・キャビネットの扉の彫刻からムアンボーランが模倣して作り上げたものです。実物はバンコクの国立博物館に保存されています。建物内部には、エメラルド仏が祀られており、仏陀の歴史の絵など、仏教の物語に関連した装飾や大きな木製の仏像を見ることができます。プラケオ廟は、かつてのアユタヤの宗教的中心地であったことを象徴しています。 Prang Sam Yod, Lop Buri ロッブリー県中心部にあるプラーンサムヨードは3つの尖塔からなるクメール様式の影響を受けた13世紀に建てられた寺院です。3つの尖塔にはそれぞれ違う仏像が納められています。ラテライトで作られたレプリカは見事に再現されています。 Hor...

ラーマ3世記念公園 Royal Pavillion Mahajetsadabadin 

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  サワディーカー!パットです。 今日もバンコク旧市街、王宮周辺の名所をご案内します。   この公園はプミポン前国王(ラーマ9世)がラーマ3世を称えるために1990年に作られました。その時に、トリ―ムック宮殿とラーマ3世の像も据えられました。  この中庭は改修工事をされてから、広々としてとても美しい空間になりました。 そこにラーマ3世の銅像がどっしりと鎮座していらっしゃいます。椅子に腰かけた姿の銅像の大きさは実物の1.5倍ほどだそうです。   この中庭の名前Lan plubpla Maha Jetsada Bodin(ลานพลับพลามหาเจษฎาบดินทร์)の由来は、ラマ3世の名前であるチェーサダーボーディンから付けられています。外国人にはラマ3世記念公園の方が馴染みがあるかも知れません。    トリ―ムック宮殿は大きな東屋のような建物で、要人を迎え入れる迎賓館のような場所でもあります。内部は一般人は立ち入り禁止ですが、吹き抜けなので中を観ることはできます。床は大理石で屋根や柱には金と赤の模様で豪奢な雰囲気が成されています。    タイ様式の建築で、屋根は色付きの釉薬瓦(ゆうやくがわら)で葺かれています。ラチャダムヌン・クラン通りを通る時、 美しい手入れの行き届いた中庭にそびえ立つタイ建築の建物が一際目に留まります。  ワット・サケット(別名、黄金の山)近くのこの場所を訪れるとラチャダムヌン通りの雰囲気も味わえます。夕方の5時〜6時頃に来るととても良い雰囲気です。 この場所だけを観光地として訪れるのにはそれほどスケールが大きいものではないのですが、大通りに面しており広々としたスペースになっています。タイの美しい建築物を鑑賞して一息つくにもぴったりな場所です。周辺には多くの観光スポットが集まっているので、そのついでに一度立ち寄ってみてはいかがでしょうか?それでは、また!  ラーマ3世記念公園への行き方  場所:戦勝記念塔から6キロ、車で約20分。 509番、59番、2番、15番、44番、47番、60番、70番、79番、157番、171番、183番、201番、503番、511番、556番など多くの路線を通るバスがあります。  営業時間 : 24時間営業。  **この場所はオープンな庭園なので、いつでも訪れることができます。 ただし夜間はライトアップされないので、あまり綺麗ではありません。 国王や王妃の誕生日などの特別な行事のときにのみ夜間ライトアップされます。** 
Bangkokian Museum

バーンラック(愛の街)エリアにある 家族の愛と温かさを感じるBangkokian Museum(バンコキアン博物館) 

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サワディーカー!パットです。 本日は知る人ぞ知るマニアックな博物館Bangkokian Museumをご紹介しますね。  バンコキアン博物館ができた背景  この博物館は1992年2月25日にワラポーン・スラワディー教授がインサート・サアン財団の支援を受けて設立しました。元々彼女の母親であるサアン氏が所有していたこの土地と住居をバンコクの中流階級の人々の生活を紹介できる博物館として一般公開したのです。 ここではバーンラックの人々の物語を探索し、1937年頃のバンコクの人々の生活を体験することができます。博物館の創設のきっかけは、バンコクに緑地を作りたいというワラポーン教授の願いでした。彼女は木々を愛する人物であり、植樹家でもあります。そして彼女は当時の村人たちの物語を伝えたいとも思ったのです。その時代の社会史を映し出す小さな家族の物語。   300平方メートルの敷地に3つの建物があります。まずは最初の建物から見ていきましょう。今から80年以上前の1930年代。当時の生活はどんなものだったのでしょう。 1棟目の建物  最初の建物は、寄棟造りの赤い瓦屋根の2階建ての木造住宅でした。築60年以上の中国の職人技だが西洋の影響を受けた建築レイアウトになっています。ワラポーン教授の家族がかつて住んでいた建物です。この建物の内部は、次の部屋で構成されています。  1. 居間  このリビングルームは来客を迎えるために使われただけでなく、ワラポーン教授の母親のピアノルームでもありました。この部屋に展示されている古い品々の中にはピアノやワラポーン教授の義父であるフランシス・クリスチャン博士が所有していた1897年~1927年頃のヨーロッパ製のワインボトルや切り子ガラスのワイングラスなどが展示されています。  ワラポーン教授のお母さんの思い出のピアノ。  ボトルやカットグラスを収納するキャビネットもアンティークで素敵です。  2. ダイニングルーム  中央には6〜8人掛けのダイニングテーブルがあります。テーブルの上には、西洋風のディナーセットと中国風の磁器食器が飾られています。様々な形の緑色のホーローウェアもありました。  テーブルの上に並べられた洋食器と中国磁器の食器  ダイニングルームには古い白黒テレビが置かれていました。  3. 図書室  書斎または執筆室であるこの部屋にはサアン・スーラワディー女史(ワラポーン教授の母)の夫でインド人のフランシス博士の本が置かれています。(ワラポーン教授の義理の父にあたります。)フランシス博士はイギリスで外科の学位を取得しました。英語で書かれた様々な病気の治療に関する医学の教科書と、母親と子供向けの英語学習書です。この部屋に隣接してアンティークのバスルームとトイレがあります。  医学書などの展示  昔の学生用の机  本棚  昔の浴室とトイレ  それでは2階を見に行きましょう。  4. おばあちゃんの寝室  建物の2階にあります。おばあちゃんが亡くなった後にワラポーン教授が使った寝室です。おばあちゃんの寝室には、蚊帳付きのアンティークな洋風木製ベッドがあります。化粧台とキャビネット、化粧品を入れるガラス、さまざまな種類の香水瓶。これらはラーマ6世の時代のものです。アユタヤ後期からラタナコーシン時代のものと見られる礼拝用の仏像もあります。  化粧台  化粧品や香水用のガラス容器  昔の金庫  5. 先祖の部屋  先祖のお骨を祀っている専用の部屋がありました。  6. ヨーロピアン ドレッシングルーム  ヨーロッパ風に装飾されたドレッシングルームです。三面鏡になっているドレッシングテーブルがあります。男性のひげそり用の道具があります。 三面鏡の化粧台  髭を剃るための道具  7. 主寝室  この寝室はワラポーン教授の姉の寝室です。大きなワードローブがあり、化粧台と大きなベッドが置かれています。  バスルーム  2棟目の建物です。 この家はもともとトゥンマハーメック地区のソイ・ンガム・ドゥ・プリ(サトーン通りの西側)に建てられていたものです。オリジナルに近い形で再現された木造2階建ての家屋です。元々この家を建てた目的は、1階をフランシス・クリスチャン医師の診療所にするためでした。この家は医師が病気で亡くなるまでに完成しませんでした。その後、ワラポーン教授はトゥンマハーメックにあった家を取り壊しました。そして限られたスペースですが、こちらに再現されました。医療器具なども残っています。2階は寝室になります。  1階は展示会やアクティビティを開催するために使用されるオープンホールです。 2階には寝室が配置されており、患者の診察室を模した小さな小部屋もあります。 診察室  流し台  水道がなかった時代にこのような汲み置きの水を手を洗うために使われていました。  診療機器を保管するキャビネット  医師の寝室  診察室の向かい側にあります。  3 棟目の建物です。  1 階は生活用品が展示されています。 キッチン用品、文房具、工具、手工芸品などがあります。2階にはバンコクの概要が展示されています。バンコクの概要には次のものが含まれます。  昔のIDカード(身分証明書)  これはワラポーン教授の身分証明書です。  昔の家屋登記書  ガスコンロの無い昔のキッチン  調理には燃料として薪を使用していました。  キッチンの雰囲気  ドラゴンジャー  昔は、飲用や調理用に降った雨水を貯めなければなりませんでした。 そのため、このような大きな壺を置いていました。  アイロン  昔は電気がありませんでした。アイロンは木炭の熱を利用していました。 木製のハンドルが付いています。内部には加熱用の木炭や石炭を入れるスペースがあります。  なんだか懐かしいポラロイドカメラ  バンコク博物館は観光名所の一つです。 母親から受け継いだ家と資産を、次世代の若者たちが学ぶための博物館にアレンジしたいというワラポーン教授の意向で新しい視点の博物館ができました。この家はバンコクの財産になりました。第二次世界大戦前後の中流階級の人々の生活を物語る建物です。展示されている品物や家電のほとんどが家の持ち主が実際に使っていたものでした。 私はこの家の魅力に恋をしました。ワラポーン教授の家族の愛と温かさを感じます。😊  住所:   Soi Charoen Krung 43, opposite the Central Post Office, Bang Rak District,...

KOH KRET コ・クレット(クレット島)

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クレット島はアユタヤ時代後期から栄えた地域です。 ここは交易の街であり、行き来する船の検問所でもありました。アユタヤ王朝のターイサ王の治世にチャオプラヤー川に沿って運河を掘り近道となる水路を作る工事をしました。水上輸送の時間を短縮することによりジャンク船の航行の遅れを解決、また当時のアユタヤの経済発展のために王が発案し、1722年に完成しました。当時の運河はクロン・ラット・クレット・ノイと呼ばれ、運河の始まりや河口をパク・クレットと呼び一般に親しまれていました。その後、ラット・クレット運河は流れの強さによって破壊され、より広い川になりました。そして徐々に陸から分かれて突き出た岬が現在のような中州、川の中の「島」の状態になった土地が「クレット島」として知られています。 紀元前1774年頃タークシン大王の時代には、モン族が移り住み、パク・クレット地区に家を建てることを快く受け入れました。パトゥムタニ県サムコック(クレット島を含む)地域です。 モン族はミャンマーとの戦争に敗れたため、タークシン王の権威と善意を頼りに家族で移住してきた人たちもいました。 クレット島の歴史については、おわかりいただけましたか?ここからは島内の興味深いものを見てみましょう。ここは外国人観光客が訪れる人気の観光地として上位にあがる場所なのできっと何か面白いものがあるのでしょう! ムタウパゴダは、土手の上にある仏塔とその周辺の地盤沈下が原因で、台座が傾いてしまったのですが、自然の偶然が引き起こした美しさです。クレット島の端にあり桟橋から見ることができます。白いラマンパゴダでパゴダの上に結ばれている赤い布は、モン族の文化の象徴と言われています。ミャンマーにあるシュエモードパゴダを模して造られたまさにモン族の芸術です。もともとは直立で建てられていたのですが、水の浸食により、1891年頃にパゴダが倒れ、傾いたそうです。その独特な景観のため、現在でもノンタブリー県、クレット島のシンボルとなっています。 クレット島側へ渡ると、レンタル自転車のサービスがあります。電動アシスト自転車が1時間150バーツ、自転車が1日40バーツでレンタルできます。とはいえ、そんなに広いエリアではないので(面積3.5キロ㎡、1周7キロ)歩いて村の雰囲気や村人の生活を見るのもおすすめ。ちょうどいい運動になりそうです。 この村に入った時、私はビックリしてしまいました。なぜなら、村の中は寂しく廃墟のようだからです。以前来た時には、この辺りは人がたくさんいたはずです。今日は開いていないお店が多いことにがっかりしました。でも、入り口のところに座っているおじさんに中に入ってみろと言われました。 少しは開いているお店があるのでしょう。お店は少ないかもしれませんが、おじさんの言うことに従って入ってみました。 このお店では、カノムカイプラーというタイの伝統的なデザートを売っていて、私はこのデザートを初めて見ました。売り子さんはとても親切で、ただで試食させてくれました。米粉やオウギヤシの実などから作った種をゆでたもので、カイプラー(魚卵)という名前は形だけで、魚は入っていません。初めて見る不思議なデザートで、ちょっとドキドキしましたが、美味しかったです。 少し歩くと、香ばしい良い香りがしてきます。別のタイのデザートのお店がありました。クレット島には、なかなか見ることのない珍しいデザートや食べ物があります。種類も多くて見た目にも可愛くて楽しくなります。なによりここもお店のオーナーが親切です。試しに食べてみて、気に入ったら買ってみてください。一口サイズで値段も高くないですしね。 アユタヤ時代初期の伝統的なおやつです。ムーサロンは宮廷料理の前菜としても出てくるのですが、麺を巻き付けたり調理に手間がかかるので一般的には食べられない貴重な料理です。クレット島で出会えました! 記念に写真を撮ることができます。価格は1枚50バーツ(フレーム別)です。 この工房はモン族の独創性から生まれた作品を作っていて、クレット島で最も有名な陶器工場として知られています。クレット島ではおじいちゃん、おばあちゃんの世代から代々陶芸の技法が受け継がれてきました。昔は村人たちが水を入れる壷として作っていました。しかし、現在では贈り物やお土産用などの様々な製品が作られています。さらに、ここでは陶芸を習うことができます。授業料はたったの100バーツ。終了後、自分の作品を持ち帰ることができます。 これらはクレット島のショップやアクティビティのほんの一部です。というのも、私が来た日はまだ開いているお店が少なかったのです。陶器工場のオーナーの話ではこの4~5ヶ月の間にクレット島は大洪水に見舞われて先週水が引いたばかり。そして、洪水で数ヶ月閉鎖されていたお店が先週オープンしたばかりなのです。やはり川の中の島なのでそういったリスクは仕方ありません。「来週以降、徐々にお店がオープンし始めると思います」とも言ってくれました。また、「クレット島がオープンしていることを広めてほしい」とも言われました。また、以前のように多くの観光客が訪れる賑やかな雰囲気が早く戻ってくることを私も心から願っています。 クレット島への行き方自家用車 : 車でPak Kret交差点まで移動。Chaeng Watthana Roadを直進 Pak Kret Municipalityに向かう途中 Major Hollywood cinemaの20mほど先をSoi Chaengwattana-Pakkred 4へ左折。 Sanam Nuea寺院まで約2km、寺院に車を停める。駐車料金は30バーツです。その後、ボートでクレット島へ渡ります。約3分で到着。(ワット・サマンヌアに車を停めるなら、正午前に行くことをお勧めします。正午以降は、駐車スペースを見つけるのがかなり難しいかもしれません。) 料金は時間によって違いますが3~5バーツ程度です。運行時間は平日5:00 ~21:30(日曜日は21.00まで) バス:ビクトリーモニュメント(Phahon Yothinパポン・ヨーティン側)からPak Kret 行きの166番のバスに乗車。Major Hollywood...
ワット・ラカンコシターラーム / 鐘の寺

Wat Rakhang Khositaram Woramahawihan(ワット・ラカンコシターラーム / 鐘の寺)

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ワット・ラカンコシターラームはもともとワット・バンワヤイと呼ばれていました。 アユタヤが首都だった時代の古い寺院です。 仏暦2312年 (1769年)タクシン大王が王位に就き、トンブリー王朝と呼ばれる新しい首都を設立した後、彼はこのバンワヤイ寺院を改修し、王立寺院としました。 その後、トンブリー王朝は滅亡し、ラーマ1世がバンコクを首都とするチャクリー王朝(別名:ラッタナーコーシン王朝)を築きました。ラーマ1世が即位前に住居としていた建物は今も寺院の中に残っています。ラーマ1世が即位後、大規模な改修工事を行った時、非常に美しい音色を奏でる鐘が土の中から発掘されたのです。その鐘はチャオプラヤー川を挟んだ対岸にあるワット・プラケオ(エメラルド寺院)に奉納され、発掘地のお寺には鐘楼を建て、5つの鐘を設置しました。修復が完成した時、このお寺は「ワット・ラカンコシターラーム」タイ語で”鐘の寺”と名付けられました。今では通称「ワット・ラカン」として人々に親しまれています。 瞑想の姿勢をとるブロンズ製の仏像は座禅の膝の幅が約2メートル。仏像の前には、仏陀の教えを受けているかのように手を合わせて座っている三人の弟子の像があります。 この仏像の黄金の輝きは非常に美しいと有名です。いつも多くの人が参拝に来ています。 仏塔(パゴダ)はタイ語で”プラプラーン“といいます。ラーマ 1 世が王室の慈善事業として妹のマハ・チャクリ・シリントーン王女殿下と共にこのパゴダを建立しました。このプラプラーンは寺院の正面に位置し初期のラッタナーコーシン様式の建築で、4方向に黄金の仏像がたたずんでいて、非常に美しい形をしています。ラーマ4世の息子であり歴史家で博学者、王室研究所所長でもあったナリサワ・ヌワッティウォン王子(ナリス王子)はこのプラプラーンはタイで最も正しい形式のプラプラーンであると賞賛しました。後世に建てられたプラプラーンのモデルとなったと言われています。 これはワット・ラカンに奉納されて植栽したチーク材で作られた後宮で、トンブリー王(タクシン大王)が瞑想をするための住居として使用していたと考えられています。前出のナリス王子がこの回廊を見たとき「これはクルン・トンブリー王の王宮だ。その証拠に、かつての宮殿内の部屋を仕切るために使われていた玄関の扉に様々な種類の文字や、瞑想に励む僧侶の姿が描かれており、タクシン大王の好みに合致している」と語られていました。現在は僧侶の住居として使用されています。 本堂の南には経典や写本などが納められている建物があります。3棟の建物からなり、南が就寝寮、真ん中がホール、北塔は応接室であることが分かっています。元々は茅葺き屋根で、現在は瓦屋根に替わっています。軒先にはThep Phanomという仏様が合唱した姿を模した模様のタイルが所々に並んでいます。チーク材でできた格子扉には水やりの模様、コウモリランという植物の模様などさまざまな絵が描かれています。3つの棟は仏教におけるティピタカ(経蔵・律蔵・論蔵)をあらわしています。ラーマ1世の即位前の住居であったとも言われています。 アユタヤ時代から現在に至るまで非常に有名な僧侶です。 多くの人は彼のことを、通称ワット・ラカン・コシターラームのソムデット・トーと呼んでいます。 ソムデット・プッタジャーン・トー・プロムラン師は(元の名前はトー)ラーマ1世の治世、1150年の申年の旧暦5月12日の木曜日(西暦1788年4月17日)に生まれました。彼の母親はヌグド・ケットという名前の普通の村人でした。父親については言及されていません。若い頃は華奢な体型だったと言われていますが、彼はタイの仏教史上、最強の霊力を持っていたとされ、ラッタナーコーシン時代から現代まで信仰厚い人々にタイで最も尊敬された高僧の一人です。ラマ1世によりこのワット・ラカンの住職の座を任ぜられました。1234年申年の旧暦8月2日の土曜日(1872年6月22日)に85歳で亡くなりました。 彼の作ったお守り「プラクルアン」も有名です。タイ全土で売っていますが、ワット・ラカンが発祥の地です。中にはとても高額なものもあり、レンタルする人もいるのです。人々は、ソムデット・トーのお守りを首から下げたり、車のミラーに下げたり、身に着けると所有者は良いことだけを経験し、幸運が訪れ、病気から解放されると信じています。 ただし、街中ではレプリカなども売っています。高額なものもありますし、ご利益があるかはあくまで個人的な見解ですので、慎重に判断してくださいね。  ワット・ラカンはチャオプラヤー川沿いにあります。お寺の中は神秘的な雰囲気です。いわゆる観光地として有名な寺院ではないようですが、このお寺のご利益を信じて多くのタイ人がお参りにきています。人々は涼しい夕方にこの寺院に来るのが好きです。皆さんもぜひ一度来てみてくださいね。 Location     :     Arun Amarin Road, Siriraj Subdistrict, Bangkok Noi District,...
Wat Maha That

アユタヤ 菩提樹に包まれた奇跡の仏頭を見に行こう! ワット・マハタート[Wat Maha That] 

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本日紹介する寺院はアユタヤの遺跡群の中でも特に観光名所として知られています。それは長い歴史があり、アユタヤの人々にとって非常に重要です。美しい史跡もあり、観光客は必ずここを訪れます。日本の皆さんもテレビなどで見たことがあるのではないでしょうか?  この「ワット・マハタート」はユネスコ世界遺産に登録されているアユタヤ歴史公園内にあります。1917年ボロムラチャティラート1世の治世に建てられた王室僧院です。しかし、当時はまだ完成していませんでした。彼が亡くなった後、ラメスアン王の治世で増築され、1927年にラーマ2世国王陛下により本堂が建設され、仏舎利が本堂の台座の下に納められました。  当時、ワット・マハタートは都市の中心と見なされ、様々な王室の儀式がここで行われていました。 1767年アユタヤの第二次滅亡まで。 ビルマ軍(現在のミャンマー)の侵攻によりこの寺院は破壊され、廃墟だけが残り、何百年も放置されていました。  ワット・マハタートはかつての美しさを失ってしまいましたが、その構造や残されたものは相変わらず美しい。訪れた人は誰でも興味を惹かれることでしょう。  1. Buddha's head in the roots of a Bodhi tree. (菩提樹の木の根に覆われた仏頭)  この場所は世界的にも有名な見どころではないでしょうか。 菩提樹の樹の根元に覆われるように存在する仏陀の頭。おそらくビルマ軍による侵攻の際、首を切られた仏像の頭が、たまたま樹の根元に放置され、長い年月をかけて樹が成長し、まるで、護るかのように取り込まれています。ここでは必ず座って写真を撮ってください。仏陀に敬意を払い、見下ろすことをしないためです。立って写真を撮ろうとすると監視員に注意されます。  2. Main Pagoda (尖塔)  このパゴダ(塔)も損壊していますので、当時の美しさをそのまま見ることができません。しかし、かつてこの寺院を訪れたスリランカの大使が、次のように語ったそうです。パゴダのふもとにはライオン、熊、白鳥、孔雀、キンナラ(半鳥半女)、牛、狼、水牛、龍のイメージが飾られていたと。そして、仏陀の遺物は1956年以来、バンコクの国立博物館に移されて安置されています。  3. Octagonal Pagoda(八角形の塔)  アユタヤ県で八角形のパゴダがあるのはこの寺院だけなので、ここの八角形のパゴダはとても特別です。最上階には小さなプラーン(仏塔)が祀られています。  4.ordination Hall/Ubosot(戒壇)  Ordination HallまたはUbosotと呼ばれる本堂は、メイン・パゴダの西側、同じ軸線上に位置するレンガとモルタルの建物です。本堂の端は、パゴダを囲む回廊とつながっています。現在は、基礎の跡、扉、八角形の柱の土台、セマ石の土台が残っているだけです。  5.Cloister(回廊)   かつて屋根のある回廊でした。本堂の周囲に建てられています。それらのほとんどは長方形です。メインパゴダ(プラン)を囲む2層のレンガの壁で、ウボソットの端とロイヤル・ヴィハーラとつながっており、初期アユタヤ時代の建築様式です。 6. ロイヤル・ヴィハーラ (王室説教堂)  現在は、建物の土台と南側の壁という痕跡だけが残っています。レンガとモルタルの建物だったそうです。  今となっては、昔の人々のようにワット・マハタートの美しさを見ることができないのは悲しいことです。しかし、残されたものから、これほど大きく複雑な建造物を作ることができた当時のタイの人々の技術の高さを見ることができます。まだ行ったことがない人はぜひ一度訪れてみてください。  入場料:  タイ人 10 バーツ 外国人...

BUBBLE In The Forest Cafe

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こんにちは!パットです。今日はタイの素敵なカフェをご紹介します。 その名も「バブル イン ザ フォレスト」。このカフェは、ナコーンパトム県のサラヤという地区にあります。ナコーンパトム県はバンコクから1時間ほどのローカルな雰囲気を楽しめる観光地として有名な場所です。世界一の高さを誇る黄金の仏塔(プラ・パトム・チェディ)やラーマ6世の宮殿(サナーム・チャン宮殿)、川沿いにあるリゾート施設サンプラン・リバーサイド(旧ローズガーデン・リバーサイド)などが有名です。 このカフェは2021年3月14日にサラヤ地区のマヒドン国立大学の近くにオープンして、そのたたずまいから『サラヤのモルディブ』と呼ばれる新しいランドマークの一つになりました。  最近はタイのどの県に行っても、きれいに飾られたカフェがあります。タイの人々が美しいカフェに注目しているからです。そのため、タイのカフェビジネスは面白くなっています。場所を吟味した目新しいコンセプトのカフェが増えてきていると感じます。このカフェのオーナーは、エメラルドグリーンの水に浮かぶコテージのような雰囲気を目玉としていて、これは良いアイデアだと思います。  私が来た日は休日だったので、たくさんの人が来ていました。 カフェに入るために!座って待つ場所もあります。そこでも席が足りず外で待つ人たちも居ました。私は並んだ列の64番目でした!このカフェに入るために、こんなに待っている人が居ることに驚きです。私もそのうちの一人ですがwww  ここには3つのゾーンがあります。  海のような青い水の上で景色を楽しむことができるフローティングゾーン。   水の上の歩道を歩くと丸い大きなテーブルやバンガロー風の建物やハンモックなどの座席が海に浮かんでいるようです。まるで水上コテージのような趣です。これが小さなモルディブと言われる所以でしょう。 この日はちょっと曇りでしたが、天気の良い日は水の色ももっときれいなブルーです。   それから、自然いっぱいの美しい森の中にバブルのドームに包まれた席がありプライベートな空間を楽しめるフォレストゾーン。 残念ながら私が来た日は雨季のため、このゾーンは閉鎖されていました。 なので写真はありません。。ごめんなさい。たくさんお花も咲いていると聞いていたので 見れなくてがっかりです。  そしてインドアゾーンは、エアコンの効いた建物の中ですが、大自然をテーマにアレンジされていて アマゾンのジャングルの中のレストランのような雰囲気です。  こちらはカフェのメニューです。飲み物、食事、デザートがあります。 実はこのカフェは高価なお店としても話題になっています。でも、私はこの値段には納得です。なぜなら、ほとんどのカフェの値段がすでにかなり高いからです。 そして、有名なカフェほど高いと感じます。 料理は食べなくてもいいし飲み物だけ注文して、雰囲気を楽しんで写真が撮れれば私は満足です。私が注文した飲み物は、タイティー・フォイトーン・スムージー(タイアイスティーに卵で出来たお菓子が入ったもの)とブルーハワイ・イタリアンソーダです。二つで267バーツでした。どうでしょうか?高いと思いますか?5555 街中のお店の2~3倍くらいでしょうか。  それにしてもここはとても美しいカフェです。天気のいい日にぜひ外の席で景色を楽しんでみてください。 バンコクからそれほど遠くありません。移動時間は約1~2時間です。 自家用車か、タクシー(チャーター1,200~1,500バーツ程度)またはバスで来ることができます。 Victory Monument(戦勝記念塔)から515番バス(30バーツ)でサラヤまで行き、サラヤからカフェまでタクシーで100バーツ以内です。  もしあなたが来たら、 きっとこの雰囲気に魅了されることでしょう。 ぜひ乾期のシーズンに訪れることをお勧めします!  Location    :     No. 170 Soi Charoen Tha, Bang Toei Subdistrict, Sampran District, Nakhon Pathom 73170  Contact      :     0657276888 / Facebook : Bubble in the forrest.  Time Open      :     09.00-21.00   毎週水曜日が定休日 (但し、水曜日が祝日の場合は、営業しています。)